暗室の静かな空間で印画紙に焼き付ける
本格的に写真を撮るようになった中学生のころ、自宅の物置に暗室を作った。
当時私の通う中学に写真部はなく、暗室に関する知識は古本屋で見つけた写真雑誌ぐらいだった。
その中に「お座敷暗室」なんて言葉があり、昼間でも光をさえぎれば写真の現像ができることは知っていた。
幅が数十㌢、奥行きが2㍍弱の押し入れにも満たない空間には、水道や流しはなかった。
隣家とのわずかなすき間、すぐ脇には台所から流れる溝。
その汚水に暗闇でフィルムを落としてしまい、ダメにしてしまったのは今でも悔しい思い出だ。
暗室用の赤い電球だけが専用の道具で。薬品を並べる台は手作りした。
引き延ばし機などはなく、普通の電灯を使って印画紙に焼き付けた。
薬品に漬けると少しずつ浮かび上がってくる画像や、幻想的な赤いライト。
何より暗闇の静かな空間で独りになれる。
この心地よさに魅せられた。数ヵ月後には、当時一番安い引き延ばし機を購入していた。
しばらくすると中学にも写真部ができた。
カーテンで遮光した理科室の机に、イタリア製の小さな引き延ばし機が置かれた。
“部”と言っても部活ではなく授業の一環としてクラスを版ごとに分け、週に一度実習していた。
理科室をカーテンで遮光し、グループごとの引き伸ばし機を囲むスタイルだった。
私の好きな暗室ではなかったが、特技の披露できる場所と言うのはそれなりに気持ちのいいものだった。
引き伸ばし機は暗室の必需品だ。小さなネガを大きく投影して印画紙に焼き付ける。
光をフィルムに取り入れるカメラと同じように、フィルムから光を映し出す道具だから、作品に与える影響はとても大きい。
そして、その作業が写真の楽しさの一つでもあり、私の最もこだわりのある部分だ。
2台目の引き伸ばし機を購入したのは高校2年の時。
以前より大きく物置暗室には入らないので、自分の部屋をまるごと暗室に改造した。寝るのは廊下だ。
当時の引き伸ばし機はカメラと違ってそれほど高価ではなかったが、
修学旅行の貯金を下ろして買ったので、もちろん旅行には行かなかった。
カメラと違って引き伸ばし機は何度も買い換えた。
絵画の絵筆のように仕上げる絵柄によってそれぞれの機械が必要だからだ。
難点は実際に買って使ってみないと良しあしが分からないところ。
現在自宅の暗室には3台の機械がある。
さらに、その中の部品を細かく入れ替えて、それぞれの絵柄に最適な光線でネガの情報を印画紙に焼き付ける。
光を光で創りだす。それがシルバープリントの魅力だ。